In memory of the greatest driver
Ayrton Senna da Silva Memorial Musem
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やすひろ
私もセナが大好きでした。だからあの事故は忘れたくても忘れられません…日本グランプリが始まりました。もう事故がおきないことを心から願っています。
ありがとう、セナ。
2004/10/9 14:10

kazu
あれからずいぶん経ったんですね。
今でも忘れられないのは当時8chで日本の占い師の人が「セナは今年もチャンピオンになれるか?」という占いをして「彼は赤が勝利の色です。青はよくありません。」と占っていたことです。ほんとによくない色になってしまいました・・・
F-1を見続けてかれこれ32年にもなります。いまでもF-1は見ていますが、たまにVTRなどでいろいろな時代のレースを見ていますが、セナがいた頃ののモナコGPやインテルラゴスの雨のエンディングのレースをVTRで見ていますが、32年間も見ていた中であんなにエキサイティングなレースを演じてくれたのはセナしかいないことがよくわかります。見る人にとっても偉大なドライバーだったことが・・。

2004/9/8 11:20 - JPN

あーぼん
あれからもう10年ですか。
早いような気もします…。
検索していてこちらに来ました。
詳しく書いてあって、改めて当時の事故経緯を知る事ができました。ありがたく思います。

セナが亡くなって、私もF1には興味も無くなりました。
見ていても面白くなくなったのです。
シューマッハがどんなに強くてもすごい走りをしようとも、セナはいないのです。
セナのドライビングはもう見れないのです。
「どうしていないのだろうか?」という想いになるので見ません。
あの日は夫と京都旅行に行く前日でした。
TVで中継を見ていて、事故。
「ウソ!ウソだよね。セナじゃないでしょ!?」
立ち尽くし思わず叫んでました。
彼のヘルメットが一瞬フワッと傾いた映像も見ました。
「生きてるよ!死なないよね。死ぬわけないよ。」
病院に搬送されるまでずっと言ってました。呪文のように…。
そして確か…CMの後だったと思います。
セナが亡くなったという知らせがありました。
「ウソだー!」
悲しい一瞬でした。同時にこんなにセナの事好きだったのに気がついた一瞬でもありました。
その日はもう、眠る事はできず、そのまま京都に出かけました。京都のお寺でセナの冥福を祈りました。
当時住んでいた場所はブラジル人も多く住んでいたのですが、早朝近所のアパートが騒がしくなり、女性が泣き叫んでました。
多分セナの死を知って、取り乱してしまったのだと思ったものです。
何年かしてから、もてぎのホンダのミュージアムでセナが実際に乗ったマシンを間近で見たのですが、
何も言葉はありません。涙が止まりませんでした。
ホンダのエンジン好きだったよね…。

ありがとうセナ。あなたのおかげで車のコト少し好きになれた。
またきっと会えるよね…。

2004/8/25 15:33 - 日本

ひよ
初めてこのサイトを知りました。今でもセナの事を考えると涙が出てきます。子供が出来たら『清奈』と名づけたいと思ってます。で 東京でセナ展があったんですね。知りませんでした(T−T)けど行きたくても終わってるし遠いから行けなかったな。 
2004/8/3 21:33 - 日本

ゆゆ
A・セナのDVDが発売されます。
2004/8/3 12:15 - 日本

tete | takataki1221@yahoo.co.jp
5月1日。10年前の僕はまだ小学生だった。あの日の夜、たまたま夜眠れなくてテレビをつけた。そしていつもはあまりきにかけてなかったF1を見ていた。そのころの僕でもセナを知っていた。そして、ずっと見ていた。セナの死を。いま思うと、なぜ見てしまったのか?どうしてその日にだけ眠れなかったのかと。
もし、セナが生きていたら・・・自分はどう変わったのだろうか?
あの日、セナは世界中の人々の心の中にきざまれた・・・そしてこれからも・・・ 
セナよありがとう・・・
2004/6/20 18:19 - 日本

セナ愛瑠豚
セナが逝った時に、私のF1視聴は止まりました。
あれから十年。
シューが勝とうが、誰がデビューしようがF1を見てません。
だってセナはどこにもいないのですから。
セナが生きてたら今は引退してる頃でしょうね。
シューの監督とかしてた可能性もあります。
今のフェラーリならセナも乗ってたでしょう。
セナ!帰っておいでよ。。。(T_T)
2004/5/27 19:59

やすべい
セナ様をこの上なく愛する私は、今日「音速の記憶 アイルトン・セナ展」に行きました。
すると会場になんとジーコ監督が! 優しい彼は微笑みながら握手に応じてくれました。
(ちなみに、ブラジルの英雄二人が肩を組み合んでいるパネルが展示されていましたよ)
事故を知った時の状況は、あまりにもショックで覚えていないのです。
だから、未だに私の胸の中ではあなたは生きています。
2004/5/7 21:30

yuusuke
今年もまた5月1日が過ぎました。まるで何もなかったかのように当たり前の毎日のうちの一日のように。でも、ここに来ると同じ思いをもった方々がいます。
「ああ、今年で10年が経つんだな・・・」
きっと何年経っても同じ思いでここにきたいと思います。
SENNA FOREVER
2004/5/2 21:42 - 日本

bebada
あの日流れたテロップが現実だと実感できたのは、翌々日位にフジの追悼特集で流れた、スタート前のセナの表情を見た時でした。
向かい合うように置かれたヘルメットと固い表情。
そして一瞬のあくびのような、穏やかな表情。小椋けいの曲をBGMに流れた映像。
スタートグリッドでヘルメットをかぶっていないどころか、スタート前に鋭さがないセナの映像を見たのはあれが最初で最後でした。
実際に見れた4レース。
うち2レースでウイニングランを見れたときはもっと奮起するつもりだったのだけれど...
いいことも悪いことも人間は忘れる動物だと実感します。
だけどセナのことは忘れることはありません。
2004/5/2 01:36 - Japao

naru
10年前の今日、TVの前で声をあげて泣いていたのを、よく覚えています。信じられなくて、ウソだウソだと泣きじゃくっていました。
ホンダの青山本社に花を手向けにいった時は、沢山の悲しみにくれた人たちと、悲しみを分かちあった気がしました。
その年の日本グランプリ、愛するセナのいない鈴鹿サーキット。
悲しみの雨の決勝でした。寒くて凍えそうだった。
それから時間が止まって、F1を見られなくなり、先日久しぶりに見ました。
私達の愛するセナの後輩達は、必死に前に進んでいる!
天国でみているはずのセナと一緒に、目を背けず、応援していかなきゃなあ、と思いました。
2004/5/1 23:18 - 日本

5月1日 | mkr-t@olive.freemail.ne.jp
何度この日が来ても涙が出ます。今でも彼が過去の人物のような気がしません。もう一度走る姿が見れるなら・・・と今でも思います。
2004/5/1 22:00 - 日本

Izumi | izumi.UK@btinternet.com
私は英国に住んでいます。10年前の今頃、セナがイモラのサーキットでヘリコプターを待っていた頃でしょうか?彼を偲んで今日1日を過ごしたいと思います。
先日のグランプリ中継の前に、こちらのテレビではアイルトンについての時間がありました。イモラにある彼の銅像も一度みたいし、ローランドラッツエンバーガーの冥福も祈らずにはいられませんでした。セナが逝った時、病院のベッドで意識がなかったルーベンスあがスタート前、目を閉じていた姿にも胸をうたれました。生憎と、ストレスフルなレースであまりいい結果ではなかったけれど、その後、復帰して10年現役で最高のフェラーリ2番手として、走っていることはすごいです。
そして、セナのすぐ後ろで彼の最後のオーラを浴びたマイケルが、
そのまま登り詰めて続けているのも妙に納得できます。たいしたものです。レース前にゲルハルトベルガーがJPSの黒いマシンにブラジル国旗で場内を一周してくれたこと、、彼の定評の高い人格に触れた気がします。 
彼の死以来、命が失われることがなくなりましたが、それにしても大きな犠牲だったと思います。
2004/5/1 21:48 - JAPAN

Tak
1988年日本GP決勝。スタートに失敗し14位まで後退しながらも、プロストからトップの座を奪った大逆転のレース。世界チャンピオン初獲得の瞬間。突き上げられた拳は震えていた。
1991年ブラジルGP決勝。残り10周。ギアボックスのトラブルで使えるギアは6速だけ。降り始めた雨の中でチェッカーフラッグが舞った瞬間。TV中継に泣き叫ぶセナの声が交じっていた。
1992年モナコGP決勝。残り7周、逃げるセナと追うマンセル。すっかり摩耗しきったタイヤで、マンセルの動きに合わせて走行ラインを変えるという必死の防戦。最終コーナーを立ち上がり2台並んでゴール。0.2秒差でセナが優勝した。
1993年オーストラリアGP決勝。プロストの引退試合。プロスト、ヒル、シューマッハーを従えて優勝した。表彰台の中央に立ったセナの右手が、右隣の小柄なフランス人の手首を持って、空に高々と掲げられた。自身41度目のGP優勝。プロストが残した51勝を上回るのも時間の問題に思えた。しかし、セナに42勝目は訪れなかった。プロストと一緒に表彰台を降りたきり、二度とそこには戻ってこなかった。


彼はきっと今も、天国のサーキットで走り続けているだろう。


I pray for the repose of a Senna's soul
From the bottom of my heart.
2004/5/1 14:15

ヒロキ
セナが亡くなって今日で10年になるんですね。
あのとき4歳だった僕も今年で14歳になります。
初めてセナを見たのは93年のテレビ番組でした。とんねるずの石橋さん達とカート対決をしていて、とても楽しそうにしているセナの顔を今でもよく覚えています。
セナが亡くなったことを知ったのは99年、小学校3年生の頃でした。それまで僕はまだセナが現役でF1の世界で活躍しているのだと思っていました。
2004/5/1 12:28

Salasa
アイルトン・セナが亡くなってもう10年も経つんですね。
F1が好きで好きでたまらなかったのに、あの94年のサンマリノGPで時間が止まっています。昨日、10年ぶりにあの日の映像を見ました。
今でも見るのがつらくて涙が止まらなくなります。
でも、あの頃、セナに憧れていたドライバー達が今、頑張っているんですよね。
永遠に追いつけない彼の背中を追っているんでしょうね。
私も、もう前に進まなくちゃ・・・。
2004/4/26 10:36 - JAPAN

ヒデ
映画の途中で主人公が消えるなんてありえないと思ってました。。。自分にとって思春期に観た彼の走りは刺激的でした。楽しい時間をくれてありがとう、アイルトン!!
2004/4/24 11:27

告知 | mitsuya@g-pro.jp
毎日新聞社では、音速の貴公子として多くの日本のファンを魅了したF1レーサー、アイルトン・セナの没後10年にあたり、セナの遺品などを展示する「音速の記憶 アイルトン・セナ展」を開催します。
 ブラジルのアイルトン・セナ財団所蔵のセナの遺品やファン、各界著名人が所有するセナゆかりの品物、写真などを展示します。また、セナが実際にレースで搭乗したマクラーレン・ホンダの車両も特別展示いたします。
期間 4月28日(水)〜5月10日(月)
会場 新宿タカシマヤ10階催会場
入場料 一般、大学生600円、高・中学生400円、小学生以下無料
主催 毎日新聞社 アイルトン・セナ財団
後援 駐日ブラジル大使館
協力 HONDA、日本航空、フジテレビジョン、TV|GLOBO、アイルトン・セナファンクラブ、日本グッドイヤー、鈴鹿サーキットランド、ミズノ、GPコレクション、LG電子、イデア、三栄書房、ニューズ出版、Gプロジェクツ
2004/4/20 15:38 - JAPAN

DD
何気に検索をしてたどり着いたものです。
当時の記憶、眠い目をこすりながらかじりついて
TVをみてました。
あの事故のとき、本当に何が起こったのか、どうして!という
印象をもったのを思い出します。
それから数年、セナのいないF1なんて、と見ない時期もあったが
昨年あたりからまた真剣に中継を見ています。
M・シューマッハも早いですが、やはりセナの域には
達していないのかな、なんて思ったり。
F1=セナですね、やはり
2004/4/14 14:08

マティアス
2週間後、次戦はサンマリノGP。
自分は中学生でリアルタイムでセナを見た事は無いしそんなに好きだとは思ってなかったけど、90年代総集編DVDを見たらプロストが勝った時より、マンセルが勝ったときよりもセナが勝った時はワクワクしました。
さて、今年はフェラーリに勢いがありますがこのままシューマッハは65PPを超えるのでしょうか?個人的には超えないで欲しいですが…。サンマリノの本命は現マクラーレンのエースライコネンなんですが…無理かな?
2004/4/10 22:56 - Japan

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