In memory of the greatest driver
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SW
当時幼稚園でしたが、あの時は1日中泣き続けたのを覚えていました。
ふと、思い出したかの様にここに拠り、自分が何故イニシャルのSを大事にしているかを思い出しました。
自分はセナと同じなんだ、そう思ってよく親に鈴鹿に連れて行って貰ったモノです。

またあの赤白のマシンで走るセナの雄姿が見たいです。

無論、叶わぬ夢ですが。
2004/3/29 01:39 - Japan

憧れた男
先日は44回目の誕生日でしたね。あなたに憧れている男達がマレーシアGPで頑張っていましたよ。天国からは見れましたか?もしあなたがご健在ならば44歳でも走っていたのでしょうか?
2004/3/22 07:15 - jap

セナヲタ
始めまして。
検索しててセナサイトを発見しました。
もう十年なんですね?>セナが逝って。
あれ以来F1自体をまったく興味が失せてしまい全然見なくなりました。
1992年のモナコGPは二十世紀最高のF1だったと思ってます。
あの時の疲労しきったマンセルの顔、セナのプライド。
今でもビデヲで見て泣いております。
セナが生きてたら今頃はシューも楽しかったと思いますよ。
2004/3/17 18:56

五代裕作 | tts801@nifty.com | www.rsmach.com/
初めまして。五代裕作と申します。
僕は今13歳です。セナが亡くなられた年はまだ幼稚園くらいで印象が薄いです。しかし、ここにあるスライド・ショーを見て何かに刺されたような気になりました。砕け散るセナのマシン。吹き飛ぶタイヤ・・・。あの日のイモラには黒服の背の低い老婆がいたという話があります。死神なのか何なのか僕には分かりません。僕はセナをリアルタイムで見れなかったのが悔いに残っています。いつも哀しそうな目をしていたセナ。何故かセナの銅像も哀しそうな目をしていました。いつもその目を見るたびに切ない思いで一杯になりました。
「そんな目をしないでくれ・・・・」
僕はホンダの技術者を目指しています。いつかセナの銅像の前に行ける様にしたいです・・・・。
May 31, 2003 at 17:39

星奈パパ | kiyoshi@themis.ocn.ne.jp
1994年3月、次女に星奈と名付けました。
非力なV8に泣かされた前年とは違い、今年はウイリアムズでタイトルを!
星奈と一緒に応援しようと思っていた矢先の出来事でした・・・。
あれからセナのいない鈴鹿へ行ってきました。
セナが生きていれば・・・
我が子にとっても、セナは伝説でしかありません。
それが残念でたまりません。
May 14, 2003 at 19:04

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