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セナにとっては歴史的な年となった。この年、ウィリアムズにエンジンを供給していたホンダがマクラーレンにパートナーをチェンジした。そして、ワールドチャンピオンのアラン・プロストにセナをジョイントさせ、最強のチームをつくったのである。
セナはプロストとジョイントNo.1という扱いを受けたが、本質的にはやはりプロストがナンバー1でセナがナンバー2だった。だが、セナは最速のマシンを得てその力を思う存分に発揮する。
この年、サンマリノGPから始まって8勝を挙げ、7勝のプロストを抑え、初のワールドチャンピオンに輝いたのだ(詳細は、「セナ、初栄冠」を参照)。このときの感激をセナは次のように語っている。「あの日フィニッシュラインを超えてレースに優勝した瞬間こそ、僕の生涯最高のときだった」。
しかし、このタイトルはプロストをいたく刺激し、その後のプロストとの長い確執を生むことになった。プロストは「ホンダは自分よりセナにいいエンジンを与えている」と批判し、セナを敵対視するようになる。それがF1全体を盛り上げる皮肉な結果になるのだが、セナの心は大いに苦しめられた。
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