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1988年に初のワールドチャンピオンに輝き、いよいよセナ時代の到来か、と思われたが、この年はプロストにチャンピオンを奪われてしまう。セナはわずか3度のレースを除いて、すべてのレースでポール・ポジションを獲得しながら、本選では6度の優勝しか果たせず、4勝しかしていないプロストにタイトルを奪われてしまう。
衝撃的だったのは日本GP。タイトルを賭けて争っていたプロストとセナがシケインで衝突(詳細は、「悪夢のシケイン」を参照)。プロストはリタイヤしたがセナは走り続けて1位でゴール。だが、シケインの通過マークをきちんと通過しなかったと判定され、失格になる。結局、この失格が尾を引いてセナはチャンピオンの座を明け渡すことになってしまったのだった。
この頃のプロストとセナの争いはヨーロッパ対非ヨーロッパの争いとまで言われ、大変な騒動を引き起こしていた。プロストはますますテクニックを発揮し、セナはスピードに打ち込む。そんな2人の図式が確立した年だった。
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