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この年、プロストがセナとのジョイント・ナンバー1の扱いを蹴ってマクラーレンからフェラーリへ移籍し、とうとうセナとプロストの争いはドロ沼化する。戦闘能力としてはマクラーレン・ホンダがフェラーリより上だったが、フェラーリもマシンの出来が良く、2人の争いはまさに熾烈を極めた。
そして、また日本GPで事件は起きた。総合ポイントでトップを走るセナに逆転可能な位置まで追い上げてきたプロスト。すべては日本GPの結果にかかっていた。だが、第1コーナーのカーブでセナとプロストがスタート直後にいきなり衝突(詳細は、「悪夢再び」を参照)。両者ともリタイヤであっさりとセナのワールドチャンピオンが決まってしまった。この時、セナは「1989年の報復としてわざとプロストにぶつけた」と非難され、非常に苦しい思いを味わう。だが、セナの速さはこの頃から神がかっており、たとえプロストが同じマシンに乗っていてもと手も届かなかった、というのは誰もが認める事実だった。
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