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フェラーリは642のマシンの完成度をさらにアップさせており、マクラーレンのMP4/6がどこまで優位性を保てるか、というのが91年のシーズンだった。しかし、開幕のアメリカGPでセナは脅威的な走りを見せ、優勝。その後モナコGPまで4連勝する圧倒的な強さを見せた。プロストはこの序盤戦で闘争心を失い、フェラーリのスタッフ批判を繰り返し、結局、この後、1年間の休業を選択する。だが、セナもマクラーレンのシャシーに満足をしていなかった。マクラーレンのスタッフと何度か衝突し、次第に孤立を深めていった。
セナにとって最も嬉しかったのは母国ブラジルGPで初めて優勝したことだろう。今までどうしても勝てなかった母国での初勝利にセナは興奮して、表彰台では自らシャンパンをかぶって喜びを表現した。このレースで、セナのマシンのギアボックスが壊れ、最終的には6速しか使えない状態になっていた。それでもセナはマシンを操り、ゴールにたどり着いたのだった。
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